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help RSS ご意見ご提案185/真・世界大戦―世界の動きを捉える視点

<<   作成日時 : 2011/11/14 04:22   >>

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 「真・世界大戦」とは?
 以前このブログのどこかに、「第3次世界大戦はすでに始まっており、それは富裕層とそれ以外の人々との戦いだ」的なことを書きましたが、この考え方を拡大解釈すると「第3次」というよりは「真」とするほうが正しいと思い改名しました。
 富裕層=自分(達)の利益を優先し、他者の不利益を省みない連中。他者の命をも自分(達)の利益の為に使い捨てるような我儘な野蛮人(こういった連中は情報操作での洗脳なども得意です)。
 真・自由層=全員の利益を求め、人権の拡充を望み、争いを排除し、世界中の人々がに手を取り合ってきて行こうとする自由を愛する文明人(経済的に労働に縛りつけられることも個人の時間の搾取と考え、生存と社会的活動とを分離し個人の真の自由を追求する考え方=共生主義もその一つです)。
 まぁ、おおざっぱにいえばこんな分類となります。いうなれば、生物学的にではなく一種精神的に2つの人種に別けて考えてみたわけです。
 勿論、この二つに全く分類されるわけはありません。マスメディア等を使った情報操作や現状社会システムのコバンザメに高額給料を支給して餌とするなど、むしろ、そのような富裕層の洗脳で現状を肯定する中間層が最大多数ではないでしょうか?
 ということで、我儘な野蛮人VS自由を愛する文明人の対立という構図は、人類発生と同じくらい古くからあると思われるので、富裕層の暴力的経済紛争に世界中の中間層が巻き込まれる「第3次」ではなく、「我儘な富裕層対人類の進歩発展とともに数を増しつつある真の自由を求める人々」との「真」の世界大戦として捉えなおしてみたわけです。
 もちろんこのような考え方を持った方は過去にいくらでもいるでしょうが、21世紀のネットで世界中が情報をこれまでよりもより共有できる時代に、世界の片隅からあえて発信してみることにも、個人の存在意義があるのではないかと、自己満足しています(日本語なので…ですが)。

 ではこの視点での世界の動きとは?
 日本でも多くの方々がいろいろな企業の我儘と戦っておられますが、そこから出てくる情報の多くは、争いの主因をその企業と共謀者としたもので、その企業が何らかの訂正を行えば戦いは完了したと見るようです。
 ところで企業とは、設立と運営に多額の資金が必要で、当初は株主の出資金で賄われ、発生した利益の多くを毎年毎年配当として株主に渡し、それは出資金の額を超えても続けられて、株主=富裕層が潤う事が目的のシステムであり、それ以外は株主利益を得るための手段に過ぎないものです。
 だからこそ、企業の我儘によって、生活どころか命を奪われる人たちが生まれてくるのですが、ではそれは問題を起こしているいくつかの「一企業または企業グループ」だけにみられることでしょうか? 私には社会システムが根本的に持つ欠陥に見え、問題がないように見える企業は問題が表面化していないだけのことにしか思えないのです。
 現状の世界は資本主義という名の社会ということですが、このような出資による利潤追求&搾取の形態は、既に中世には実行されていたようで、例えばベネツィアでは一航海ごとに結社→解散を繰り返していて、永続的運営は行われなかったようです。良く言えば「金のある奴は金を出し、金の無い奴は労働を提供し、それぞれそれなりに利益を得る形」となりますが…。
 そのような素朴ともいえる利潤追求が、その後一大発展して「それぞれそれなりに利益を得る形」が「金を出した者が利益を得、労働者は利益を出すための道具」となり、「人間=道具」視した世界中の企業の行いがあちらこちらで、生活どころか命を奪われる人たちを生むことになっているのが現状ではないでしょうか?
 

 「道具」視された者が取るべき方法とは?
 「どのような業界であったとしても結局労働者は道具として搾取される」社会にあって、それぞれ人は人生の持ち時間の多くを提供し、何らかの労働で生存資金を得て生きていかざるを得ませんが、このような、金を持つ一部の人たちだけが人生を謳歌できる自由を持つ社会システムに終わりを告げ、すべての人が人生を謳歌できる自由を持つ社会システムに変えることはできないのでしょうか?
 勿論方法はあります。例えば日本は「健康で文化的な生活を営む権利」を憲法で規定しています。勿論何を以て「健康で文化的な生活」とするかは議論の対象になりますが、それでも国民が一丸となって「健康で文化的な生活」を国に要求し実現させ、その障害となる物事に規制を掛けることを求めるという方法です。
 例えば、企業の飽くなき利潤追求の姿勢が障害となるならば(私的にはもちろん障害確定ですが…)、そのような企業姿勢は社会的に排除することになります。つまり、個々の問題企業の姿勢の変更を求めるのでなく、人を利潤追求の道具とすることを是とする社会システム全体の変更を求めるわけです。
 これは、対企業を基本図式とする労組の視点では理解できにくいのですが、「ある個人の問題は実は現状の社会システム全体に内在する問題のうちの表面化した一部」と捉える視点を持つことで、御理解いただけると思います。そろそろ、個々の問題に対処する(モグラたたき)療法よりも、社会システムの変更という根本治療を試みる時期ではないでしょうか?

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